隅田川七福神、隅田川七福神めぐり、七福神、浅草七福神、  七福とは、人間の徳と考えられた「長寿(寿命)」、「富財(裕福)」、「人望」、「正直(清廉)」、 「愛敬」、「威光」、「大量」の事です。 これらを神仏聖人に当て嵌め七福神として室町時代後期から崇めたのが始まりと言われています。  隅田川七福神めぐりは、毎年1月元旦から七草迄の7日間に行うのが御利益があると言われ、 特に元旦は大賑わいです。



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隅田川七福神


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 七福とは、人間の徳と考えられた「長寿(寿命)」、「富財(裕福)」、「人望」、「正直(清廉)」、「愛敬」、「威光」、「大量」の事です。 これらを神仏聖人に当て嵌め七福神として室町時代後期から崇めたのが始まりと言われています。

 隅田川七福神巡りは、毎年1月元旦から七草迄の7日間に行うのが御利益があると言われ、 特に元旦は大賑わいです。浅草駅から東武伊勢崎線 堀切駅までの間に点在し、 徒歩でおよそ2〜3時間の行程です。

 参拝期間は1月7日までで、この間はすべての寺社で拝観可能(白鬚神社は、神社自体が寿老人なので ご神像はない)です。

  隅田川七福神の御分体と呼ばれる人形(500円)は黒く、宝船(1500円)の授与は15日 頃まで行われています。

  福禄寿の向島百花園は正月3ケ日は入園無料。また無料のスタンプは通年各寺社に置かれています。

 参拝の順路の決まりは無く、浅草側から@A三囲神社(恵比寿、大国神)→ B弘福寺(布袋尊)→C長命寺(弁財天)→D向島百花園(福禄寿)→E白鬚神社(寿老人;寿老神)→ F多聞寺(毘沙門天)のコースか、逆のコースが通例です。


☆隅田川七福神巡り

アクセス  東武線浅草、東京スカイツリー(旧業平橋)、東向島(旧玉の井)、鐘ヶ淵、堀切から徒歩 推定所要時間 2〜3時間

三囲神社 恵比寿 墨田区向島2−5−17 03−3622−2672
三囲神社 大黒天 墨田区向島2−5 03−3622−2672
弘福寺 布袋尊 墨田区向島5−3−2 03−3622−4889
長命寺 弁財天 墨田区向島5−4−4 03−3622−7771
向島百花園 福禄寿 墨田区東向島3−18−3 03−3611−8705
白鬚神社 寿老神 墨田区東向島3−5−2 03−3611−2750
多聞寺 毘沙門天 墨田区墨田5−31−13 03−3616−6002


 トイレ場所   

 トイレは駅や七福神を祀っている各神社仏閣にありますが、道路沿いに点在 する公園にもあります。しかし、冬場は寒く、できれば昼食等を兼ねて営業中の レストラン等を利用することを推奨します。





三囲神社

恵比寿様

大黒様

 三囲神社   

 恵比寿様=律義の神様−−幸せ招く恵比寿顔。

 イザナギノミコトの第3子蛭子尊ともいい大国主命の御子とも伝えられています。ニコニコ笑顔の えびすさん、古今東西、言葉が通じ合わなくても、笑顔こそは平和・友好のしるしです。
 左手に抱えている鯛は「めでたい」のたい。 芽出るの意味もあり、すなわち清廉、漁業、商売、繁盛、交易の神様と言われ無病息災・子孫長久・ 家業繁栄など、あらゆるめでたいことをお授けくださる御心を表しています。
 また、右手の釣り糸がひと筋さがっているのは、礼儀を重んじながら、人間らしく生きぬくようにとの 意味がこめられています。

 大黒様=裕福の神様−−心の裕福

 インドの神様で有福を示し、有徳、財宝、闘戦の神様で、二俵の米俵に立ち糧食を司る神様です。
 よく知られている姿は、大きな袋を背負われています。人々の苦労をそっくり背負ってくださる ための袋です。さまざまな苦労にまごころを傾けて歩み続けてこそ、人は福を得ることができます。  大黒様は、右手の打ち出の小槌で怠け心や弱い心を打ち払い、お祈りすることによって、 人の身・心に積み重なった苦や労を大きな袋に吸い取り、ため込んでくださいます。

三囲神社

 近江国三井寺(滋賀県)の僧源慶が、東国遍歴のとき、 牛島のこのあたりに壊社を見つけ、弘法大師ゆかりのことを 聞いて、社を改築しようとしたところ、土中より白狐に またがる老翁の像を得ました。その時、白狐が現れ、 神像を三回まわったところから「三囲」の名としたと 伝えられています。  神社の本殿は文久2年(1862)に建築・明治の修繕で、 震災・戦災を免れました。  著名な伝承として、元禄6年(1693)に、俳人宝井其角が 村人に代って雨乞いのために句を詠じ、翌日雨がふったと 「五元集」にあります。境内には七福神のうち、 恵比寿・大国神の二神が祀られ、その内殿は文久3年(1863) 大工棟梁清水喜助が寄進した立派なものです。








弘福寺

布袋尊

 弘福寺   

 布袋尊=和合の神様−−明日も晴れ。仲良く遊べ?

 布袋様は七福神のうちでただ一人実在の人物で、中国唐時代の布袋和尚その人。 小柄で大きなおなか、いつも半裸で杖をつき布の大きな袋を背負い諸国をめぐったとか!
 晴れ、雨の天候を予見し吉凶を占う力があり、その姿や奇行から、しばしば好画材とされ 福々しく大きな耳、世の中の清・濁を合わせのみこんでしまう度量の広い腹は大量を表現し、堪忍と和合を教えてくれる神様です。同像は広く親しまれ尊敬されています。

 和尚のように、誰に対する時もニコニコ笑顔、ギクシャクせずにゆったりと、 文字どおり太っ腹でいたいものです。

弘福寺

 現在の本尊釈迦如来像は、江戸時代の仏師松雪禅師の 作といわれています。黄華宗特有の唐風の特徴をもち、 正面に二つ見える円窓、堂前の月台など、他の寺院に あまりみられないものです。京都万福寺の本山と同じ 建築様式、禅宗にちなみ、大雄宝殿に布袋尊が安置されています。  境内には、人呼んで「咳の爺婆尊」の石像があり、 咳・風邪の病にご利益があると、煎豆や番茶を そなえて供養する習わしが伝わっています。








長命寺

弁財天

 長命寺   

 弁天様=知恵の神様−−みめ麗しく、才たけるよう

 七福神のうちでただ一人の女神・弁天様、もともとインドの水神様。 主に島や湖の中州に奉られていることも象徴的です。
 愛敬を示し 音楽、弁舌才智、水の神、芸術の神として古来日本では市来姫と 同一神として信仰されています。
 弁天娘といえば、庶民的な美人の形容ですが、詩情豊かで賢くて、可愛い女性こそ まさに弁天娘といえます。

 人々の願いを、それこそ水のように、よどみなく聞き分けて、幸福を授けてくれます。

長命寺

 寛永(1624〜1643)のころ、三代将軍家光(家康の説もある)が、この辺りに 鷹狩りに来た時、急に腹痛をおこしたが、当時の住職が加持した庭の井戸水で薬 を服用したところ傷みが治まったので、長命寺の寺号を与えられたといいます。 本堂には弁財天が安置され、古くは境内に弁天堂や芭蕉堂がありました。
 芭蕉の句碑「いざさらば雪見にころぶ所まで」は、この地で詠まれたという確証 はないが、雪見の名所向島にふさわしい句ではないでしょうか。







向島百花園

福録寿

 向島百花園   

 福録寿=大望の神様−−大望抱いてはつらつと。

 とてつもなく長く大きい頭、背が低くてあごにひげをたくわえた福録寿は、 年齢千万年を数えるという中国の仙人です。
 人々と言うより中国道教の理想である幸福、俸禄の意味を持ち南極老人星の 化現として現われた神とされています。
 幸福と財運と長寿の三徳を併せ持ち、長寿のしるしの鶴と亀を従え、左手には如意宝珠、右手には 杖を持っています。
 宝珠は財を授け、子供には知恵を授けるというしるしで、杖にくくられた経巻には福・録・寿のご誓願が かかれています。

 限りある人生ならば、大望を抱いてはつらつと、そして着実に歩みをとげたいもの!

向島百花園

 百花園という名は、 「梅は百花のさきがけ」という意味です。 ごの名園も安政の大地震以来しばしば災難に遭い、また今次の 大戦ですべて焼失し、現在の姿にまでなったのは昭和33年以降のことです。







白鬚神社

寿老人

 白鬚神社   

 寿老人=長寿の神様−−長生きは美しく

 寿老人(寿老神とも書きます)といえば、杖を携え、1500年を経た黒鹿をともなった姿が知られています。
 長寿の神様で老子の化身の神とも言われています。長命、富財、与宝、諸病平  癒の神でもあります。人々の安全と健康を守ります。

 人生80年とも90年ともいわれる現代、こころ平和におだやかに、 そして身体すこやかに、老いていくこともまた、美しくありたい。

白鬚神社

 昔は境内に松、けやき等が多く白鬚の森といわれ、向島百景、隅田川二十四景に 数えられていました。社伝によると、天歴5年(951)に慈恵大師が関東に下向の折、 近江国志賀郡に鎮座の白鬚大明神の分霊をここに祀ったと伝えています。これを その名が示すとおり、白い鬚の寿老人と見なし、七福神のうちの寿老人としたといわれています。







多聞寺

毘沙門天

 多聞寺   

 毘沙門様=勇気の神様−−魔を寄せつけぬ勇気を!

 インドの神様で、多聞天とも言われ仏教四天王の一人です。左手の塔は八万四千の法蔵、 十二部経の文義を具し、右手の宝棒は悪霊を退散させ財宝をさずけるといいます。
 南北朝時代、鎌倉幕府の大軍を破った武将・楠正成は、母が毘沙門天に祈願して授かった子で あるということで、幼名を毘沙門天の別名にちなみ多聞丸とつけられました。
 七福神としての毘沙門天のいでたちは、仏法を信ずる者を守護してくださるための装束。 魔を寄せ付けぬための甲冑、決然として足下には悪業煩悩の鬼を押さえつけています。

 勇気を持って悪をくじき、清く正しく力強く生きぬくようにとの無言の諭しです。

多聞寺

 区内最北端にあり、震災・戦災ともに遭わなかったので、昔日の面影を残す数少ない 寺院となっています。
 木造茅葺切妻造四脚門の様式をとり、境内正面入口に東面して建てられている山門は、 多聞寺に残る唯一の江戸期木造建築であり、区内最古の建造物と考えられています。


                                    参考
                                        「すみだの史跡文化財めぐり」
                                           (発行墨田区教育委員会)
  





七福神と宝船.net  (2017.08.14見直し)